院長紹介〜私の経歴と想い

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このページをご覧いただき、大変ありがとうございます。

ここでは、なぜ畑違いの仕事をしてきた私が、整体師を志し、開院するに至った経緯、そしてその想いをご紹介致します。

あなたご自身の、大切なお体を任せるうえで、
「どんな人がやっている整体院で、どんな人に施術をされることになるのか」と、大変気になる部分であるかと思います。

少し長くなりますが、そのような疑問の参考になれば幸いです。



自律神経の症状で、お悩みの方達のお役にたちたい

はじめに、そもそもなぜ私が「自律神経の不調」に特化した整体院を始めよう、と思ったのか、それには理由があります。

それはまず、私は自分自身が、頭痛や過呼吸、パニック、慢性疲労、とさまざまな自律神経系の不調に、長い間悩まされてきたのが大きな理由です。

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そして、そんな生活の中で、薬の怖さも、身を以て体験してまいりました。

そんな経験を経て、無痛自然療法という整体法を学び、現在私は幸いにも、自律神経に効果のある療法を、困っている方々に提供でき、「改善の可能性がある」ということをお伝えできる立場になりました。

そしてさらに、日々、現場でお客さまと接していて、このような辛い症状で悩んでいらっしゃる方々が、本当に多いということを、実感させられています。

治し方がわからず、途方に暮れている方たち。。
異常が見つからないけど辛い思いをしている方たち。。
藁をもすがる思いでいらっしゃる方たち。。

こんなふうにお困りの方たちが本当に多いのです。
こんな方たちの為に、なんとか役に立ちたい、そう常々考えております。

もちろん、当療法は万能ではありません。必ず治る!などとは簡単には言えません。
しかし、改善への最大限のお手伝いはできると考えております。
なぜなら、身体は必ず変化してくれるからです。
しかも良くなろう、良くなろう」と!

医療機関で原因不明と言われたり、異常が見つからなくても、改善の“可能性”は大いに秘めている、それをお伝えしたいのです。


あなたの中に、必ず良くなっていく力があります、それをお伝えしたいです。


そして、一人でも多くの方たちが、イキイキとした毎日の生活を送っていただきたい、笑顔で毎日を過ごしていただきたい、あなたの大切な人生をとりもどしていただきたい

そして一人でもそんな方が増えれば、自ずと社会も笑顔に包まれていくのではないか、そして、日本も元気になり、世界も平和になっていくのではないか、
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、
そんな想いで、運営をさせていただいております。


次からは、私の経歴を踏まえ、無痛整体しんしんを開業するまでのお話をさせていただきます。

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グラフィックデザイナーとしての十数年

私は大学卒業後から十数年、東京で雑誌や書籍を中心としたグラフィックデザイナーとして、仕事に従事してきました。

新卒で入社したのは広告代理店でした。そこでは広告からパンフレット、小さなノベルティグッズ、イベント運営と、
様々な仕事があり、職種も営業の方からライターさん、デザイナーからイベントプロデューサーまで、
いろんな特性を持った方々たくさんおり、刺激的な毎日を過ごしてきました。

「かっこいいものを作ってやろう」
「いい作品で世の中を驚かせてやる」

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そんな心持ちで仕事に取りくみ始めました。

その後自分はもっとデザインや絵を追求したいと思い、
デザイン事務所でお世話になりながら、自分で絵を描きコンペに応募したり等しながら
日々を過ごしていました。

プライベートでは、音楽とお酒が大好きだったので、ライブや音がある場所にでかけては、友人たちとお酒を飲んだり音楽を楽しんだりしていました。
友人たちとバンドを組んで、活動したりもしていました。
音楽で繋がってくれた友人たちは私の大切な宝物です。

→友人が撮ってくれたお気に入りの写真です^^


体調のすぐれない日々、頭痛、自律神経失調症、ふわふわ(浮動性)めまいの再発、パニック障害


何日も何日も続く徹夜の日々ともっともっとの世界

世に様々な仕事がある中、ここを読んでくださっている方も、お仕事で大変な思いをされている方も多いかと思います。

私がやってきたデザインの仕事というのも、連日徹夜が続く、「デジタル土方(どかた)」と揶揄されるような、
とにかく体力気力を必要とする仕事でした。

夜中寝ずにやって、寝るのは次の日の昼間、机に伏さって寝る、、、
これを何日も繰り返しやっていました。
そして職場の同僚や、仕事仲間も、突然会社に来なくなったり、
連絡が取れなくなったりすることが
しょっちゅう起こっていました。

…自分たち”は一体どうして、こんなことになるまで仕事をしているのだろうか。
…果たして自分は10年後にこの仕事をしているんだろうか。
…自分はこの仕事を心底好きと言えるだろうか。

そして、社会全体もそうですが、仕事に関しても、もっと速く、もっと安く、もっと大量に、もっともっと…そんな追い込みをかけられていくような日々と対峙し、そのような構造に疑問を持ち続けていました。

そんな気持ちを長年抱えながら、
そしていろんなことをごまかしながら、仕事を“こなしてきた”ように思います。

自律神経失調症と診断

そんな生活をしていたものですから、いつしか毎日のように頭痛が続くようになりました。

頭痛薬も手放せず、同じものだと効かなくなってくるので、
○ファリン→○ヴ→○キソニン→○ーシン→○ファリン…と延々と頭痛薬を使用しているような状態でした。

そしていつまでたっても取れない疲労感と倦怠感、そして帯状疱疹が出たりと
さすがに心配になり、病院に行ってみる事にしました。

「慢性疲労症候群、自律神経失調症ですね」

お医者さんにそのような診断を下され、そのときは何らかの薬を処方はされましたが
その診断名に安心したのか、ほとんど薬も飲む事はなく
今は何を処方されたのかも忘れてしまいました。

ただ不調だけは残りました。
そんなことを理由にして、約束をすっぽかすことも多く、恥ずかしながら、当時は友人たちにもたくさん迷惑をかけてしまっていました。


ふわふわ(浮動性)めまいの再発、過呼吸のフラッシュバック

そして、ある日、
高校生の終わりの頃に経験した「ふわふわするめまいが再発しました。

実は私は、高校受験が終わった頃から、次第に体調が悪くなり、
身体がふわふわして立っていられず、家で毎日頭を抱えるようにして過ごしていました。

いわゆる「ふわふわ(浮動性)めまい」です。
周囲からは「うつ」だとレッテルを貼られました。
ですが、明らかに体調がおかしい。身体が変だったことは確かでした。
「違うんだ、身体がとにかくおかしいんだ」と言っても、「元気出せ、人生いろいろある」みたいに励まされていたのを記憶しています。

さらに今思うと呼吸がかなり浅かったのがよくわかります。そして過呼吸をおこし何度も救急センターにお世話になりました。
もちろん行く頃には落ち着いている…ということの繰り返しでした。

受験が終わり一番楽しい時期、正直しんどかったです。
ちなみにこの症状は、その年の夏から、カイロプラクティックに数ヶ月通い、一旦症状は治まりましたが、
「一生つきあっていくことになるよ」
そんな風に言われていたのでした。

そして、このふわふわめまいの再発と共に、
過去の過呼吸の「フラッシュバック」が起きました。

私は精神的にも肉体的にもすっかり参ってしまいました。


パニック障害ーー電車に乗れなくなる、トンネルが怖い、人ごみに耐えられない

そんな中、あるとき、いつも通り通勤で電車に乗りました。

電車のドアが閉まると、
逃げ場のないことに急に怖くなり、
恐怖感がどっと押し寄せてきました。
胸は詰まり、息苦しく、心臓が壊れるんじゃないかというくらいの動悸…
いてもたってもいられなくなりました。
次の駅までほんの2〜3分です。
しかしその時感じた長さといったら………

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息を切らしながら電車をおりました。

これはさすがにマズいと思い、すぐに病院に行きました。

パニック障害」の診断を下され、
向精神薬や安定剤を服用しながらの日々が始まりました。

ちなみに当時、都内は全て徒歩か自転車、またはバスで移動していました。
都内で電車を使えないというのは致命的でしたが、おかげで趣味が自転車になる、といったこともありました(笑)。


薬の怖さの体験、身体がバラバラになるような…

そんな薬を服用しながらの生活で、いまとなっては“貴重”な体験をしました。

向精神薬が切れてしまい、一日飲まなかった日がありました。

すると次の日、
とんでもない目に合いました。

帰り道、歩いていると、
突然「カラダのあらゆぶ部分のネジを外されたような」感覚に陥り
身体がバラバラになるような
いや
バラバラに「されている」ような感覚で
立っていられず道ばたにへたり込みました。

なんとかやりすごし、帰宅したものの、
翌日いそいでクスリをもらいにいきましたが、
しばらくそれが続きました。

「これはまずい…」

怖いけどとにかくクスリは止めようと決心しました。
そして苦しみながらも、数ヶ月かけ薬をやめていきました。

クスリの怖さを、身を以て知りました。

このような経験が、今の私の「自律神経に悩む方達の力になりたい」という原動力になっています。
クスリの怖さ、そして当時、いま私が提供できる整体法を知っていたら、どれだけ救われただろうか、と常日頃思うのです。

ですが、この経験も、すべて繋がっていたのだと、必要な経験だったのだと、今更ながら感慨深く思うのです。


命を燃やして生きたい、自分にとっての志とは何なのか

そんな体調不良や薬の怖さを経験しながらも、
なんとか仕事もこなし、それなりのポジションや収入、評価を頂いてきました。しかし、どうしても充実感を得られませんでした。
自分のモチベーションを上げるために、いろんな本も読みあさりました。

そんななか、あるきっかけで、
自分は仕事に対して、
「志」をもっていなかったと氣付きました。

私は、自分の中で本当の意味で人の為に役に立つことができ、
心から信じることができ、打ち込める仕事で、
自分にとっての本当の意味で、社会に貢献して生きていきたいと望んでいました。

何よりも自分を変えたいと思っていました。
素晴らしい人生を送りたいと思っていました。
そして志をもって、命を燃やして情熱をそそぎ、
一生真理を追求できるような仕事をしたいと考えるようになりました。

そこで浮上したのが整体師でした。


合氣道との出会いと整体師という職業への憧れ

整体師が自分の中にでてきた、大きなきっかけとなったひとつに、
合氣道との出会いがありました。

「こんなに面白いものがあったのか!!!」と衝撃をうけ、一気にのめりこみました。
そして人間の身体の可能性と、面白さに興味が出て来たのです。

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なによりも、合氣道を始めた事で、自分の心身の不調がなくなっていきました

理由の一つとしては、武道の稽古の為、普段から姿勢や呼吸を意識するようになった為だと考えられます。(もちろんそれだけではないと思います)
姿勢ひとつでこんなにも違うものかと、思い知らされました。

そこで、合氣道や武道に関連する仕事はないかと、本気で考えはじめたところに、整体師が浮かんできました。
そしてどんどん身体を扱う仕事をやってみたい!
という気持ちが強くなっていきました。


家族で故郷静岡へ

そんななか、長年すごした東京を離れ、故郷静岡へ家族とともに帰ってきました。

子どもを、私がそうだったように、おじいちゃんおばあちゃんたちがいて、自然がより近い地方で生活したいという想い、
地元に貢献したいという想い、
そして、自分自身の人生をよりよいものにしたいという想い、
さまざまな想いをもって帰ってきました。

そして、最初は就職をしようと考えていましたが、
整体師のことが頭から離れなかった私は、
以前よりブログやFacebookで拝見していた、
大阪にある心身楽々堂の西田先生(私の師匠です)にどうしても会いにいきたくなりました。

自分の人生で、こんな衝動にかられたのは、初めてだったかもしれません。


心身楽々堂整体法講座入門、整体師への転身の決意

西田先生に直接お会いし、整体師への転身を決意しました。
妻や家族にも私の想いを告げ、
幸いな事に家族の後押しもあり、一月後心身楽々堂整体法講座に入門の許可をいただきました。

心身楽々堂整体法講座は、「無痛自然療法」の手技の伝授だけでなく、
「生き方」について大きな比重を占めている、整体講座でした。

「自分に嘘をつかず、等身大で、本気で、本音で生きる」

自分の求めていた生き方は、こういうことだと思い、仕事の傍ら、整体の勉強に打ち込みました。

そして整体講座の一年間は、人生で一番、自分とも向き合って来た期間でもあり、最高に充実していた反面、とてもしんどい想いや、苦悩し浮き沈みの激しい日々が続いたのも確かです。

20141130修了の写真

ですが自分の人生をよりよいものにしたい一心でした。

そして、私が整体師となった暁には、過去の自分のような、辛い思いをしている方々に、ここに改善できる方法があるとお伝えし、良くなるお手伝いをしたい。そして、その方たちが笑顔になってくれたら最高だ!、そんな想いがありました。

そして、整体師を志すことで、沢山の方たちとの出会いもありました。私はそんなみなさんからたくさん刺激をいただくことができています。

おかげさまで、本当に沢山のみなさんに応援していただき、講座開始から半年で、プレ営業を開始、2015年4月に本格営業を始めることができ、現在に至ります。


自分の為に動けば、自ずと世界が変わっていく

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現代社会は、我慢することが多かったり、自分を偽り誤魔化さなければならなかったり、そんな風に多くのストレスを抱えたり、何かと生きづらい社会です。そして様々な不自然な生活様式に囲まれて、多くの方に様々な不調がでてきているように思います。
現代医療もさざまざな問題を抱えております。

そのような中で、自分ができることは何か。

それはやはり「まず自分から」動いていく必要があると考えています。
どんな風にして動いていくのか。

それは、私自身が、人のせいにせず、自分に嘘をつかず、心の底から打ち込みたい、そして皆さんに心底提供したいと思えるこの仕事で、社会とかかわらせていただくことです。

そうすることで、小さいながらも、一人でも多くの辛い症状でお悩みの方の為に、お役にたっていきたいと考えております。
そして、お一人お一人が、「イキイキと笑顔で生きていける」、そんなきっかけとなっていただけると幸いです。

更に、お一人お一人のお悩みが解決することで、更に幸せの和が広がっていくことができるのではないか、そして社会も元氣になっていき、その結果、自ずと世界が良い方向に変わっていくことができるのではないかと、そんな風に考えております。

長い拙い文章を、お読みいただきありがとうございます。
心より感謝申し上げます。


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プロフィール


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【名前】
相澤真也(あいざわ しんや)

【出身地・居住地】
静岡県富士市

【生年月日】
昭和53年4月29日

【血液型】
0型

【家族構成】
両親、妻、長女、次女

【趣味・好きなもの】
合氣道、土いじり、写真・カメラ、富士山、せんと君

【好きな映画】
Back to the Future

【好きな作家】
いしいしんじ


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経歴

昭和53年 静岡県富士市生まれ
平成9年3月 静岡県立富士高等学校卒業
平成13年3月 千葉工業大学 工学部 工業デザイン学科卒業
平成13年4月〜平成25年8月
広告代理店、デザイン事務所等に勤務しグラフィックデザイナーとして雑誌や書籍、広告、パッケージ等を作る仕事に携わる。
平成25年9月 家族と共に静岡に戻る
平成25年12月 心身楽々堂・整体法講座入門 
平成26年7月 週3日の整体営業を開始。
平成26年11月末日 心身楽々堂・整体法講座、総合講座修了
平成27年4月3日 FUJIVISION 3Fに「無痛整体しんしん」をオープン
平成29年3月 梯谷幸司氏主催【病人でいることをやめる・やめさせる3つのステップと
18の心理技術】本講座修了


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